川崎裕一 / マネタイズおじさん

元起業家でスタートアップのコーチやってます。スマートニュース株式会社執行役員。

iPodは何を変えたのか?

東京渋谷。Apple Storeがあるこの町のスクランブル交差点で信号待ちをして向こう側を見れば首からiPodiPod nanoiPod shuffleと形も色も様々なiPodファミリーをぶら下げている人を簡単に見つけることができます。

渋谷で起こった変化は世界中の特に大都市で起きています。行き交う人たちの目に見える変化を引き起こしたiPodは当然アップルにも大変化をもたらすことになりました。

2001年10月に出されたiPodはたった四年の間にアップルの売り上げの実に六割を音楽関連事業で占める会社にしてしまったのです。

次のグラフはIPod - Wikipediaを元にiPodのイベントとともに出荷台数をグラフにしたものです。2006年10-12月期で累積出荷台数は8800万台となり一億台突破も間近という勢いです。もう一つグラフから分かるのはクリスマスにiPodは極めてよく売れることです。2005年は通常の四半期の三倍近くの1,400万台、2006年は2.5倍近い2,100万台が売れているのですから一目瞭然です。みんな我慢して我慢して最後の最後でどっと欲しい欲に負けてクリスマスというイベントに購入をしてしまう様子が分かります。

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iPodが如何にして生まれたのか。何がここまでの爆発的なヒットとなった理由なのか。iPodは我々に何をもたらしたのか。iPodマニアはiPodの何に惹かれるのか。そしてシャッフルの機能の秘密とは。誕生からiPod文化まで数多くの秘密を解き明かすためにスティーブン・レビィが迫ったのが本書「iPodは何を変えたのか?」です。

私はその中でも三つの章に深く引きつけられました。アップルの広告宣伝について深く書かれた第四章クール、iTunesミュージックストアが出来るまでの音楽業界との交渉を描いた第五章ダウンロード。この二つは自分の今やっている仕事において(仕事の大きさは全然かないませんが)、重ね合わせることができるものであるから、というのが引きつけられた理由と思います。ビジネスで事業開発に携わる人であれば誰でもワクワクしながら読むことができると思います。

では最後の一つはというと、私が最も興味深く読んだのは第三章オリジン(起源)です。この章では特にiPodがアップルでどのようにして企画され産み出されたのかその過程が詳細に書かれています。

マックでmp3を再生するプレイヤーが欲しかった元アップル社員ビル・キンケイド、ジェフ・ロビンの手によって「サウンドジャム」というアプリケーションがアップル社外で作られます。この会社がアップルにより買収されサウンドジャムがiTunesとなったのです。

次はiTunesの機能性と使いやすさをポケットに入る大きさの製品に詰め込む作業、つまりアップルのmp3プレイヤーを作ることです。この大役を任されたのはアップルのハードウェア担当副社長のジョン・ルビンシュタインです。ルビンシュタインはこの分野に経験のある社外の人材をスカウトすることにきめ、白羽の矢が立ったのはアンソニー・マイケル・ファデル。ファデルはプログラマーであり、三つの会社を立ち上げた起業家でもあり、ジェネラル・マジックで携帯コンピュータ事業の立ち上げに携わり、二十代で大企業フィリップスで管理職となり、ウィンドウズベースのPDAを完成させ五十万台を売り上げた結果音楽とmp3の可能性を理解した上小型製品の知識も備えていました。その後リアルネットワークスに転職するも水が合わずわずか六週間で退職していたまさにとのときルビンシュタインから電話があったのです。

ルビンシュタインとファデルはアップルのmp3プレイヤー作成に没頭します。

そして迎えたジョブズにプレゼンをする日。ここでファデルは工夫をします。最初に見せたのはハードディスクとフラッシュメモリーを挿入できる大型スロットがついたモデル。不格好。却下。次はDRAMにファイルを記憶するモデル。バッテリが切れるとファイルが消える。却下。最後に木鉢に隠しておいた隠し球。外観を示したを見せる。いいじゃないか。最後の最後にだめ押し。フィル・シラーが出した試作品には正面にはリング上の装置が備え付けられている*1。リングを回せば指一本で曲名やアーティスト名がコントロールできる。ジョブズはこれをみて製品化にGOを出します。

しかしジョブズは製品構想と紙のモックができた程度で、これまでの事業領域とまったくかぶらないこの商品を後六ヶ月で完成させることを言い渡します。

すぐにアジアにとび部品サプライヤーと生産委託先を決定。チップセットとサウンド処理回路はポータルプレイヤー社と契約。このような矢継ぎ早の契約を繰り返し、日本製のハードディスク、台湾の受託製造企業、韓国製のメモリ、テキサス・インスツルメンツのファイヤーワイヤー制御チップ、高性能サウンド処理チップのウルフソン・マイクロエレクトロニクス、組み込みソフトウェアのピクソー。こうしてiPodの中身ができました。製品をブラッシュアップしていく最中でもジョブズ節は健在で突然「名前はiPodだ」「電源ボタン。いらない。ボタンは進む、戻る、ポーズだけだ」というトップダウンでiPodのキモを決めていきます。

狂気とも言える開発速度、外部内部問わず猛烈に適材適所で人を集めていく竜巻のような求心力、世界各国に張り巡らされた調達網、アップルの極めて優秀なデザイナーたちのデザイン力、ジョブズの偏執狂的なこだわりによってiPodが産み出されたのです。

iPodiPodたらしめているジョブズのこだわりとは何なのでしょう?そしてなぜそのこだわりにチームはついてくるのでしょうか?私はこの二つに大変興味を持ちました。著者スティーブン・レビーは次のように書いています。

ジョブズの細部に対する偏執狂的なこだわりと、情け容赦のない意思疎通のスタイルが、競合商品をあらゆる面で上回る製品を開発する原動力になっていることはまちがいない。他の企業は単によい仕事をしたところで満足するが、ジョブズの執念は、製品を美術館に展示される水準まで高めるのだ。彼の独善的な振る舞いが、ときとして奇妙なーたとえば、電源ボタンをなくすといったー帰結をもたらすこともあるにせよ、彼と部下たちが世に送り出す製品の優美な仕上がりと強烈な魅力を考えれば、そんなことは問題にならないだろう。ジョブズは常に、自分と同じ、高い美意識と価値基準をもった顧客を想定して仕事に取り組む。だから開発チームにも、ユーザーが欲しくてたまらなくなるような製品作りを求めるし、ユーザーの使用感を損ねるような瑕疵は一切許さない。

偏執狂的なこだわりが優美な仕上がりと強烈な魅力を生み、ユーザーがが欲しくて欲しくてたまらない製品を生む。カリスマジョブズだけがなしえることなのかもしれません。

iPodは何を変えたのか?

iPodは何を変えたのか?

  • 作者: スティーブン・レヴィ,上浦倫人
  • 出版社/メーカー: ソフトバンク クリエイティブ
  • 発売日: 2007/03/29
  • メディア: 単行本
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*1:sugajunさんよりご指摘いただき、フィル・シラーがデザインをしたような誤解を招く表現となっておりましたので変更させていただきました。ご指摘ありがとうございました。